特別展Exhibition

Web企画展[第2回]たばこ入れ

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たばこ入れの「美」

たばこ入れは、着物に馴染む装身具としても重要で、袋物商というコーディネーター的存在を通じて特注品をあつらえることもあった。根付・きせる筒・袋・前金具から表に見えない裏座にいたるまで、あらゆる部品を金工や漆工など各分野の職人が手がけ、袋物商が注文主の好みに合うように取りまとめて完成させた。各部品の制作に加え、縫製や各部の取付けにも高度な職人技を要したたばこ入れは、非常に手間のかかる贅沢なひと品であった。

かつては装飾品として欠かせなかったたばこ入れ。一点一点に用いられたこだわりの素材や職人技には、当時の美意識や技術力の高さを見出すことができ、 洋装の定着で実用品ではなくなった現代でも美術工芸品として見る者を飽きさせない。

ここでは、たばこ入れを構成する部品の中でも、目につきやすい袋の素材を中心に紹介する。

素材(1)皮革

現代のバッグと同様、袋の素材には加工のしやすい皮革や染織がよく用いられた。同じ皮革でも、鹿革に文様を染め抜いた伝統的な日本の皮革と、素材も装飾も多様な輸入革とで異なる風合いを楽しんだようだ。

日本の皮革

古来より武具での利用が大半を占めた日本の皮革には、縁起を担いだ文様が多い。中でも「菖蒲(しょうぶ)革」は「勝負」や「尚武」に音が通じる事から好んで用いられた。本来は、菖蒲色の革に、菖蒲の文様を染め抜いたものをさしたが、バリエーションが多く、色も文様も菖蒲でなくとも、「○○菖蒲」と称される文様もある。

菖蒲革腰差したばこ入れ
菖蒲革腰差したばこ入れ
菖蒲色の地に菖蒲の文様が白く染め抜かれたまさに「菖蒲革」。腰に差すため、腰差したばこ入れの筒には木などの硬い素材を用い、蒔絵や彫刻で装飾した。この筒は明治を代表する漆工・池田泰真によるもの。八代目桂文楽の旧蔵品。
紫爪菖蒲革提げたばこ入れ
紫爪菖蒲革提げたばこ入れ
紫色の地に、爪形が菖蒲のように並んでいる。菖蒲色でも菖蒲柄でもないが「爪菖蒲」と呼ばれ、菖蒲革のバリエーションとして扱われる。八代目桂文楽の旧蔵品。
舶来の皮革


江戸時代、輸入革は高級品だったため、革ごとの特徴あるいは生産地にちなんだ名称をつけて珍重した。輸入革の中でもとくに、金唐革は黄金に輝く色合いと欧州風の文様で人気を博した。

小豆革腰差したばこ入れ
小豆革腰差したばこ入れ
なめし革の一種で、小豆のように赤黒い色と、大きなしわが特徴の小豆革を袋に仕立てている。袋のふたにあたる、かぶせ部分は2色の革をはめ込んでおり、緻密な継ぎ目に驚かされる。八代目桂文楽の旧蔵品。
[継ぎ目部分]

[継ぎ目部分]

金唐革胴乱形一つ提げたばこ入れ
金唐革胴乱形
一つ提げたばこ入れ
袋の金唐革は、金属箔を貼った皮に様々な文様をプレスし、ワニスを塗って金色に発色させたもの。欧州諸国で部屋の壁革として用いられ、日本には日蘭貿易を通じてもたらされた。
 金色に輝く革として人気があったが、多くは壁革ではなく、たばこ入れのような袋物に仕立てられた。これは、大判で使うには高価だったことに加え、人目につくように携帯できたためで、今日のブランド品を持ち歩くのに通じる感覚であろう。
[閑清縫]
革をあわせたり重ねたりして厚くなった箇所を美しく縫い合わせている。現在は途絶えてしまった「閑清(かんせい)縫」で、均一幅の縫い目に職人の手技を見ることができる。

素材(2)染織

布地もたばこ入れには多く用いられた素材である。錦織のようにきらびやかな絹織物から更紗に代表される舶来物まで、多種多様な布地が袋に仕立てられた。

金綴錦(つづれにしき)竹に雀模様懐中たばこ入れ
金綴錦(つづれにしき)竹に雀模様懐中たばこ入れ
綴錦は、多数の色糸を使った絹織物で、色の変化やぼかしも織り込んで表現した。高貴な身分の女性用の懐中たばこ入れによく用いられた。
古渡縞木綿腰差したばこ入れ
古渡縞木綿腰差したばこ入れ
袋は輸入された縞の木綿布で仕立てられている。数ある意匠の中でもとくに、縞柄は粋な柄として親しまれた。縦縞は江戸中期以降に流行し、外国産の縞の布地からも影響を受け、洗練されていった。袋の仕立ては縫製専門の職人が行い、このたばこ入れにも仕立ての名手・村上此君の銘が残されている。八代目桂文楽の旧蔵品。
唐花更紗女持ち懐中たばこ入れ
唐花更紗女持ち懐中たばこ入れ
袋に用いられた更紗は、綿布に手描きやプリントで文様を描いたもので、主にインドで制作された。
 南蛮貿易を通じて日本にもたらされた更紗は、茜で染めた鮮やかな赤と「唐花」と称される異国風の花柄で人気を博し、舶来物の中でもとりわけ高値で取引きされた。
 この袋の布地は、更紗の中でも目が粗く、本来は「鬼更紗」と呼ばれる粗製品だが、ざっくりとした風合いもまた魅力とされた。
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