特別展Exhibition

Web企画展[第3回]ミニチュア

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* 小林礫斎(こばやし・れきさい)*

小林礫斎(こばやし・れきさい)

昭和12年、53歳の礫斎面構え。芝白金にあった中田實邸にて。

礫斎という号は、代々襲名された号で、本企画の主人公は四代目にあたります。明治17年4月1日浅草馬道で生まれ、本名夏太郎、小学校卒業と同時に三代目礫斎である父について牙彫りの修行をし、さらに指物の技術も習得していきました。19才の時には全国工芸品展覧会(日本橋木屋にて開催)に対のたばこ盆を出品し、見事一等賞を獲得していて、年若くして、高度な技術を身に付けていたことがわかります。

彼は、主に袋物商の求めに応じ、たばこ入れの筒や根付・鞐(こはぜ)を制作し、たばこ入れや袋物のさまざまな部分を巧みに取りまとめ、完成された商品としてのたばこ入れ(あるいは袋物)の誂えに応じたりするほか、その修理、あるいは組み替え、指物の制作などを手掛けました。明治から大正前期は、ミニチュア制作はあくまで、余技の範疇であったのです。

* 礫斎と袋物商 *

大正12年、父(三代礫斎)の死により四代礫斎を襲名したころから、ミニチュアの制作に傾倒していきます。これは、礫斎が主に仕事をしていた袋物商の変化が深い関係にあると考えられます。袋物商は、現在ではハンドバッグなどを扱う鞄屋のようなイメージがありますが、江戸時代から昭和三十年代までは、たばこ入れ(男性の代表的な装身具でもあった)や和服の婦人用のハンドバッグなどを主要商品とし、その名のとおり袋物を扱っていました。多くは、目利き店主や番頭により優れた素材・細工の商品が扱われ、それに適った職人が使われていました。客は店主や店員の目利きを信用し、たばこ入れなどの袋物を誂えました。礫斎はこのような袋物商に出入りし、修行をしながら、かわいがられてもいたのです。

しかし、日本人の服装が和服から洋服に、たばこも、刻みたばこから紙巻きたばこと喫煙形態が変化していくと、たばこ入れを主要商品としていた袋物商も次第に商売が変化していきます。このようなことがあって、礫斎の主な仕事は激減し、彼の仕事もミニチュアに傾倒していったのではと考えられます。

小林礫斎(こばやし・れきさい)

昭和12年、ミニチュアを配置する礫斎。
芝白金にあった中田實邸にて。

* 礫斎の作品と特徴 *

礫斎は自分の作品に対して繊巧美術(あるいは工芸)という名前(ジャンル)を冠しましたが、礫斎の作品を示す言葉はまさしくこれが当てはまります。繊細・精巧なミニチュア…これが、礫斎の作品なのです。

文台・箪笥・屏風・硯屏(けんびょう)・硯箱・印籠・遊戯具・楽器・茶道具・玩具・武器武具など、様々なものが対象となり制作されています。それらは、ただ単に実物の形を写したに止まらず、厳選された素材・優れた職人の細工を組み合わせたものだったのです。

また、実物が動くところはミニチュアも同様に動くよう作られるほか、加飾も全て同じです。小さいからといってごまかしや適当に細工することなく、忠実に再現しています。妥協を許さず、納得いくものだけが礫斎の作品として世に出されたのです。また、印鑑・糸巻き・箸箱・パイプ・茶杓など、もともとが小さいもので実用品として制作したものも見られます。

スタンダードな礫斎作品「文台揃」

スタンダードな礫斎作品「文台揃」
(2.83×3.60×0.88センチ)

スタンダードな礫斎作品「一賽六瓢(一切無病)」

スタンダードな礫斎作品「一賽六瓢(一切無病)」
(盆の寸法3.20×5.95×0.7センチ)

「桑兎木地蒔絵硯箱」箱表
「桑兎木地蒔絵硯箱」蓋裏

「桑兎木地蒔絵硯箱」〈左〉箱表と〈右〉蓋裏(4.13×2.91×0.81センチ)
桑を刳り抜き、木地の美しさを生かした木地蒔絵で餅つきに行く兎たちを描き、蓋裏に月を配している。筆先は毛であり、小刀や錐(きり)は実用可能。

「たばこ入れ」

「たばこ入れ」
(袋部分の寸法2.47×3.61×1.01センチ)
渡物の更紗を用い、きせるも合わせ金工部分を小林良盛、筒の彫刻を浅野墨谷、その他全体の拵えを礫斎が手がけた。

* 洒落ただましのテクニック *

礫斎の作品は、見る側を巧妙にだますこともしています。象牙の細工の箪笥で、見るからに象牙の板を合せて、嵌め込み制作しているかのように見えますが、実は象牙の塊をくりぬく「刳り貫き」と呼ばれる技法で制作し、これに、わざと合わせに見えるよう線を引くなどが好例です。あるいは、通常は使用しないような(使うことが難しい)素材をそれとなく用いていることなどがよく見られます。

だますといってもごまかすのではなく、かなり高等な遊びを作品上によく見せているのです。このからくりに気が付けば思わず感心し改めて魅せられてしまうでしょう。悪意の微塵もない、高度な技術の裏付と計算された洒落ただましだったのです。

「象牙箪笥」
「象牙箪笥」

〈左〉「象牙箪笥」(0.54×0.85×0.84センチ)〈右〉「象牙箪笥」(0.84×0.55×0.75センチ)
いずれも「刳り貫き」技法でなされ、四周の線は敢えて入れられたもの。牙彫りは、浅野墨谷。いずれの箪笥も全体で1センチ角にも満たないのに、引き出し全てに何らかの小物が収められ、こんなところにも礫斎の遊び心が示される。

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